なんともわけのわからんタイトルになってしまったが、偽りはない。
簡単に説明しよう。
スニーカーが欲しくて仕方なかったが、買う余裕がなく、悔しくて悔しくて仕方がなかった。
そこでソフィ・カルの「極限性激痛」(現代美術)を参考にして、
スニーカーのことなどちっぽけに思える、「インターステラー」を見て気持ちを和らげることにしたのだ。
うーん、まだ何のことやらだと思う。
興味がある人がもしいれば、お付き合い願いたい。
目次
日本限定のAirMax欲しい。手に入るけど買えない!
別にスニーカーヘッズではないのだが、ごくまれに恋をすることがある。
欲しかったAirMaxというのはこれ。昨日2月26日発売だった。
NIKE AIR MAX 95 PRM QS SAIL/OBSIDIAN-OBSIDIAN MIST-ARMORY BLUE
日本限定らしく、靴底にJAPANとか、シュータンにカタカナが入っていたり変わった靴だ。
変な靴だ。
正直なんでこんなのに心惹かれるのかわからないが、恋ってそんなものだ。
NIKEの靴は画像でいいなあと思っていても実物をみるとイメージと違ったりするのだが、
実物を見ても心は変わらなかった。
だが今月はダメだ。買えない。
急な出費があって、2万弱のスニーカーを買ってる場合ではない。
そもそも家ができてからというもの、慢性的な金欠なのだ。
いつもならすぐ売り切れてあきらめがつくのだが、今回はまだ在庫が残っている…!
こういうときは忘れるしかない。
しかし忘れようとすればするほど、執着が生まれ忘れられなくなる。
そのとき思い出したのだ。
ソフィ・カルの「極限性激痛」を。
ソフィカルの「極限性激痛」作戦
ソフィカル:現代美術家
ソフィ・カルとは、フランスの現代美術家だ。
品川区の原美術館でやってる、彼女の個展「極限性激痛」。
なんとも19年前の個展の再現らしい。
それを先月、見に行ったのだった。
極限性激痛:作品
個展のタイトルだが、なんかすごく痛そうだ。
「現代美術だし、グロテスクで奇抜なんじゃないの?」
正直見たくない感じだ。
でもそういうことではなかった。
原美術館のHPによると、
「限局性激痛」とは、医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみを意味します。本作は、カル自身の失恋体験による痛みとその治癒を、写真と文章で作品化したものです。人生最悪の日までの出来事を最愛の人への手紙と写真とで綴った第1部と、その不幸話を他人に語り、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく第2部で構成されています。この作品は、1999年、原美術館での展覧会のためにまず日本語版として制作され、その後フランス語や英語版も世界各国で発表されました。
心の痛みの治癒がテーマらしい。
よくわからないので端的にまとめると、
1部:失恋までのカウントダウン
1階は失恋までの日のカウントダウンとともに、その日の写真や手紙、チケットなどが展示されている。
順番に見てゆくことで、何が起こったのかを追体験できる。
2部:他人との対話で心が癒えるまでの経過
自分の失恋の話と、話し相手の最も辛い経験の話が1セット。
それが何セットもある。
回数を重ねるごとに段々失恋の話は簡素になってゆき、どうでもよくなるまでの経過を感じ取れる。
というもの。
感想:性格悪いなあ
誤解のないように先に言っておくが、この作品は好きだ。心も動かされた。
だが節々で「性格悪いなあ」と感じてしまった。
これも一個人の感想だし仕方あるまい。
留学先に「最も行きたくない」日本を選ぶ。
奨学金を得たものの自信のなさやら自暴自棄やらで、なぜか「最も行きたくない」日本を選ぶのだ。
日本人としてはうれしくない。
行きたくないので数週間鉄道を使って移動するほどの行きたくなさ。
恋人の話を聞かずに留学
恋人からは、「待っていられる自信はない」と忠告されたものの、一切聞かずに旅立つ。
結果別れを告げられる。
自業自得だろう。
留学先で他の男と一夜過ごす。
これはさらっと悪びれもせずに書いてあった。
欧州の人だと普通なのか?
失恋体験を癒すために、他人に最も辛い体験を話させる。
第2部の内容そのものだ。
自分は失恋体験を話す。相手も最も辛い経験を話す。
それで自分の心を癒して発表する。
それってどうなんだろう。
しかも相手の話、相当辛いものばかりだ。
家族の死だったり、失明だったり、本当に自業自得の失恋なんかと比べ物にならない。
まあ、ソフィカル自身もそう思ってどうでもよくなったのだろうが。
原因となった(?)日本で展示する
なぜ日本で展示したのかというと、「人生最悪の体験」の原因となったからだそうだ。
ええ…
学んだこと:ソフィカル作戦
かなり脱線してしまったが、この展示から学んだことがある。
大したことない事象で悩んでいるときは、比較にならないほど大変な、他人の話でどうでもよくしてしまうのだ。
これを我々は勝手に「ソフィカル作戦」と呼んでいる。
今回のスニーカー欲がそうだ。
本来どうでもいいはずのことなのだ。
そこで、人類が大変なことになっている映画を見ることにした。
ただ、辛いだけなのは嫌なので、壮大に大変で、最後ハッピーエンドっぽく終わるものが良い。
そこで選んだのが「インターステラー」だ。
インターステラー
インターステラーは、個人的1,2を争うSF映画だ。
この映画は夫婦で、劇場で見た唯一の作品でもある。
「ダークナイト」「インセプション」「メメント」「ダンケルク」などと同じ、クリストファーノーラン監督の作品なのだ。
これらは何度も繰り返し見たが、インターステラーは169分と長いのでなかなか2回目見れなかったのだ。いい機会だ。
Amazonで見よう。
ネタバレ薄目で、どんな話かというと、
地球がもう駄目になりかけていて、何やかんや経緯があって主人公が子供を残して惑星を探しに行くのだが、絶望感がすごい。
個人的に一番心に来るのは、時間の流れが違う惑星で数時間もたついたせいで地球では20数年が過ぎてしまうところ。
ネタばれになるのであまり書けないがとにかく人類規模で大変なのだ。
だが最後はハッピーエンド的な感じで終わる。
「惑星をみつけた!」って想像通りの終わり方ではないけど。
それが「ソフィカル作戦」にはぴったりだ。
見終わったとき、スニーカーなどどうでもよくなるだろう。
結果:スニーカーはどうでもよくなった。しかし
3時間弱の視聴が終わった。
精神的にものすごい重力にさらされた後、解放された気分だ。
実は新幹線の中で見たので、微妙な振動や加速度、窮屈さが臨場感を増幅させていた。
人類はなんとか生存できそうな気がしている。
スニーカーのことなどすっかり忘れていた。
そろそろ到着かな、と3時間ぶりにiphoneを見る。
メッセージ「スニーカーはあきらめられた?」
ああ、思い出してしまった。
視聴前に、欲しい気持ちを家族に散々吹き込んでいたのだった。
作戦失敗だ!
まだ在庫はあり、今も苦しんでいる。
最後に:原美術館は2020年に閉鎖する
ソフィカルの展示があった原美術館は2020年に閉鎖が決まっている。
小さくて行きにくいが、素敵な美術館なので是非行ってみてほしい。
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